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やはり、大金が動いていたのか――レコ大「疑惑の受賞」

 

10月27日発売の「週刊文春」によれば、昨年末の「日本レコード大賞」を三代目J Soul Brothers from EXILE TRIBE(以下、三代目)の曲『Unfair World』が獲得した裏で、同グループが所属する芸能事務所LDHが、同賞の選考に強い影響力を持つとされる芸能事務所バーニングプロダクション1億円を支払っていたという

 

 

昭和時代、日本レコード大賞は年末の風物詩として国民的関心を寄せられる一大イベントだった。1977年の平均視聴率は50.8%にまで上った。

 

その年をピークに下落していくが、それでも87年までは30%近い数字を残しており、『NHK紅白歌合戦』と並び国民的行事と呼ぶにふさわしい大みそかのイベントだった。

 

だが、当時から大賞受賞曲の選定について疑惑は湧き上っていた。

 

87年、近藤真彦が『愚か者』で大賞になっていますが、オリコン年間ランキングは35位。前年に『DESIRE -情熱-』、前々年に『ミ・アモーレ』と2年連続で受賞した中森明菜の両曲は、共に同2位。

80年代の大賞獲得者で年間ベスト30に入っていない曲は『愚か者』だけ。明確に売上で劣っている曲がレコード大賞になることに当時、疑問の声が上がった。

 

 

視聴者が不信感を抱いたのか、視聴率はこの年を境に大きく下落していく。


88年に21.7%、そして89年には14%にまで落ち込んでしまう。

 

 

紅白出場やレコード大賞受賞は、その後の楽曲売上や営業などに大きく影響するため、是が非でも獲得したい地位だった。

 

80年代は演歌や歌謡曲、ニューミュージックがチャートを争っていたが、90年代に入ると演歌は衰退し、オリコン売上で上位にランクインすることがほぼなくなる。その動きを見越してか、90年から3年間は「演歌部門」と「ポップス部門」に分かれる異例の措置が取られた。

 

93年から元通り一本化されたが、疑惑が一般的に取り沙汰されるようになったなかで、94年の大賞受賞者であるMr.Childrenは授賞式を欠席。90年代半ばは音楽業界も活況を取り戻し、レコード大賞の視聴率も微増していった。

 

しかし、2000年代に入ると数字は下がり、05年には10%とあとわずかで1ケタの危機に。『紅白』との被りを避けるため、翌年から開催を1日前倒ししたことで、視聴率はやや回復していった。

 

そこに、今回の報道が飛び込んできた。

 

 

2年連続受賞の三代目の曲は、共に大賞を受賞するほどのヒットには至っていない。オリコン年間ランキングでいえば、14年の『R.Y.U.S.E.I.』は30位、15年の『Unfair World』は31位。

そんな曲が大賞を取れば、誰だっておかしいと疑い興味を失う。

 

 

今回の報道を受けて、インターネット上では「やっぱり」という反応が多数を占めている。三代目以上にヒットした曲が多数ある中なかでの受賞では、疑いの声が出て当然だろう。

 

それを理解できない芸能界の体質は、末期的症状ではないだろうか。